旧高松邸
旧高松家石蔵資料展開催
本日(6月27日)開催の当会主催、NPO法人竜ヶ崎駅前コムハウス共催「旧高松家石蔵資料展」は、心配された台風の影響もなく大盛況となりました。参加者は狭い会場に延べ70名。その中には市役所の方、歴史民俗資料館の方、市議会議員の方、そして中山市長もおられました。 展示品の目玉は、石蔵2階の棚を整理していたら偶然見つかった謎の古文書。当初は謎でしたが、龍ケ崎市古文書同好会の皆様の懸命の調査によりある程度解明されました。この調査結果を、1時30分から古文書同好会代表の後藤さんに解説していただきました。古文書の書かれた歴史的背景に始まり、内容について、そしてこの貴重な古文書がなぜ高松家にあったのか分かりやすく話して頂きました。1時間にも及ぶ後藤さんの熱弁に皆さん興味深く耳を傾けておられました。それは、明治初期、東京警視庁初代大警視(警視総監)川路利良の訓示を纏めた『警察手眼』。その編纂に関わった川路の二人の部下植松直久と丁野遠影が近重八潮彦(植松と丁野の警視庁の同僚)に送った明治9年ごろの4通の手紙で、三人とも土佐出身。実は手紙の宛先、近重八潮彦の末裔が水戸に移り住んでいて、高松家と水戸の近重家が姻戚関係にあることが分かり謎が解けたのです。謎が解けた様はまるで「こうだったんじゃないかチコちゃん劇場」でした。 龍ケ崎市古文書同好会の皆様大変お世話になりました。参加された皆様ありがとうございました。お陰様で大変有意義なイベントとなりました。
旧高松家石蔵資料展に向けての草取り作業
旧高松家石蔵資料展に向けて、石蔵を管理しているNPO竜ヶ崎駅前コムハウスと主催者の当会との合同で草取りをしました。 参加者は龍ケ崎駅前コムハウスが2名、当会は4名で1時間半ほどの草取り作業の後、当会は展示資料を確認するため、2階から昭和10年農業祭の時の看板ほか総ての資料を展示スペースに下ろしました。とても面白い企画になりそうです。
市民活動センター主催市民活動団体交流会に参加
市民活動センター主催市民活動団体交流会に当会の代表として前田が参加。コマツ粟津工場発行のコマツ創立100周年記念誌の取材に協力したことや、NPO発行の「竹内明太郎が残したもの〜龍ケ崎の赤レンガ西洋館」発刊の効果についてお話しさせて頂きました。 また、6月27日開催予定の旧高松家石蔵資料展に付いての告知もさせていただきました。
旧高松家石蔵資料展に向けて
NPO龍ケ崎建物保存会では「旧高松家石蔵資料展」開催に向けて準備を進めております。今日は波紋を呼んでいる軸荘された謎の古文書に理解を深めるため、龍ケ崎市古文書同好会の後藤さんに来ていただき、詳しく解説していただきました。 日本警察の父と言われている、川路利良の二人の部下である丁野遠影と植草直久が明治9~10年に書いた近重賢甚宛のに手紙であることが分かりました。当時の警察官のバイブルである「警察手眼」は川路の訓示を纏めたもので、丁野が植草に命じて編纂したそうです。大変貴重な資料となっておりますが、二人の手紙の宛先である、近重がいかなる人物か解明されておりません。そして、なぜこのような貴重な手紙が高松家の石蔵に保管されていたのか謎となっています。軸荘の古文書はほかにもう一点あります。 石蔵資料展は6月27日(日)AM10時からPM4時まで開催します。後藤さんによる古文書の解説は午後1時30分より40分程度予定しております。そのほか、資料展では大正元年の時事日報による明治天皇崩御の記事や、昭和10年農業祭関連の看板などの展示のほか、歴史民俗資料館秘蔵映像をお借りして、「昭和10年を写した幻の映像」の上映も行います。皆様のお越しをお待ちします。 投稿を表示
旧高松家資料展を目指して~謎の古文書を発見~
6月27日開催予定の旧高松家石蔵資料展に向けて企画委員会を積み重ねておりますが、前回、棚の奥から見つかった軸装の文が波紋を広げています。 今日は古文書が読める知人にも企画委員会に参加していただき、ざっと目を通して頂きました。明治の初期と思えるものも含まれていて、何が書いてあるのか、これから解明されると思います。 もしかすると、凄い発見かも!!?
旧高松商店石蔵資料展に向けて
NPO龍ケ崎建物保存会では、6月27日予定の旧高松商店石蔵資料展に向けて、現地にて展示資料の確認をしております。棚の奥から、昭和10年龍ケ崎で開催された農業祭の立て看板が出てきてびっくりです。
旧高松家石蔵2階の状況確認
当会有志で龍ケ崎市内新町の「旧高松家石蔵(商工会所有)」の2階部分の状況確認を行いました。この石蔵は昭和8年建造、築87年という歴史的建造物で、以前は市民有志による石蔵Rebirthプロジェクトを立ち上げそこで活動しておりましたが、現在は当会が保存調査活動をしております。 思ったよりも傷みもなく、土埃こそ溜まっているものの主だった品々は辛うじて損傷を免れているようです。来年春には2階を使い、昭和初期から高松家が龍ケ崎でどれだけ栄華を誇っていたかなど、具体的な資料作成を進めなくてはなりません。と、それより前に、積もった土埃の清掃作業から。年明け早々、新聞紙を湿らせ千切って掃き取る清掃から始める予定。ちなみに、高松家はあんパンの木村屋でお馴染みの木村家と婚姻関係にあり、当時の結納に交わされた品々の目録なども残されています。高松家は砂糖問屋として成功を納め、戦後は沖縄(当時は琉球政府)の石垣島のパイナップルの缶詰などの「輸入販売」も手掛けていたようです。高松家はその後商売に陰りを見せるようになり、紆余曲折を経て廃業。平成22年に発生した東日本大震災で家屋に大きな被害を出し、母屋は取り壊され石蔵だけが取り残された形となっています。この石蔵の物語性と敷地の広さなど好条件もありますので、ここをなんとかしておおくのかたがたに活用していただける施策も考えつつ、今後活動に力を入れていこうと思っております。
龍ケ崎、歩く歴史講座
龍ケ崎市市民活動センター主催、当NPO法人企画協力「龍ヶ崎、歩く歴史講座」を開催しました。約30人の参加者が集まり、前田(当NPO法人理事長)が講師を努め、市内の価値ある建造物や神社仏閣を中心に約3時間楽しみながら見学して頂きました。 特に、移築されたばかりのた赤レンガ門塀、登録文化財の旧小野瀬邸、重厚な大谷石で造られた旧高松邸、そして放置状態の杉野翠兄旧宅を見ていただき、地域資産と成り得る古い建造物の保存の重要性を考えていただけた、意義のある企画だったと思います。 活動センターではこれを定例化したいということです。
