冊子制作
市民活動センター主催市民活動団体交流会に参加
市民活動センター主催市民活動団体交流会に当会の代表として前田が参加。コマツ粟津工場発行のコマツ創立100周年記念誌の取材に協力したことや、NPO発行の「竹内明太郎が残したもの〜龍ケ崎の赤レンガ西洋館」発刊の効果についてお話しさせて頂きました。 また、6月27日開催予定の旧高松家石蔵資料展に付いての告知もさせていただきました。
龍ケ崎桜をさかせる会の桜の植樹式
牛久沼水辺公園で3月21日(日午後1時から「龍ケ崎桜をさかせる会」(海老原龍夫会長)主催、桜の植樹式が行われました。参加者は来賓の中山一生市長ほか関係者50人ほど。これは、株式会社小松製作所の支援で発足の「公益財団法人日本花の会」による桜の苗木の贈与による植樹式です。NPO龍ケ崎建物保存会は「龍ケ崎桜をさかせる会」から招待され島村副理事長と私が参加しました。司会者は我らが田中加代さん。そして参加者への記念品の中には冊子「竹内明太郎が残したもの~龍ケ崎の赤レンガ西洋館」も入っていました。コマツの創業者竹内明太郎と龍ケ崎の縁ということで、多少なりとも私たちNPO法人の功績があったようです。
ZOOMによるH/C財団主催「住まいとコミュニティづくり活動セミナー」に参加
ZOOMによるハウジングアンドコミュニティ財団主催「住まいとコミュニティづくり活動セミナー」に参加しました。第一部の「私たちは助成事業をこう活用した・・・」では、2019年度の助成団体21団体の中から、当会の活動が選ばれ「 地域の宝、竹内農場西洋館の保存に向けた手づくり冊子の作成活動」について20分間お話ししました。竹内農場西洋館について、そして竹内明太郎について、そして、昨年1年間の作成活動について。また、今後の抱負やこの助成金による効果についてたくさんの事をお話しする事が出来ました。 今回の助成金によりわがNPO法人はお金よりも、もっともっと大きなものを得ることが出来ました。ハウジングアンドコミュニティ財団様、有難うございます。
H/C財団主催「住まいとコミュニティづくり活動助成事業成果発表会&まちづくりNPO交流の集い」にZOOM参加
ハウジングアンドコミュニティ財団主催「住まいとコミュニティづくり活動助成事業成果発表会&まちづくりNPO交流の集い」にZOOM参加しました。 プログラムの最初は基調講和で、千葉大学名誉教授 木下勇先生による「子ども・住民参画のまちづくり」と題して、子供の社会参加の重要性を話していただきました。 第1部は令和元年度の活動助成成果発表で、テーマ1「コミュニティにより地域の持続性と活力を育む取組」、テーマ2「歴史的建造物や地域資源の保存活用による地域づくり」テーマ3「自然環境の整備・活用による地域づくり」。この三つのテーマごとの成果発表が行われました。私はNPO龍ケ崎建物保存会を代表してテーマー2のトップバッターで8分間お話ししました。1年間の活動と今後の課題と計画を8分間で纏めるのは至難の業で、それも慣れないZOOMということで大変でしたが、パワーポイントのお陰で何とか無事お話しする事が出来ました。 第2部はまちづくりNPO交流の集いで、令和2年度の助成対象団体の取組とNPO交流会を二つのグループに分かれて、活発な意見交換が行われました。私は、つくば市から令和2年度の助成対象団体として参加されたNPO法人“矢中杜”の守り人にエールを送りました。そして最後は全体の意見交換が行われました。12時から5時までのびっしり5時間のZOOMによる交流会でした。ZOOMの5時間は結構きついことが分かりました。
竹内農場西洋館冊子刊行のことが朝日新聞に掲載
今日の朝日新聞に載りました。竹内農場西洋館が市民遺産に認定されたことと、当会が刊行の竹内農場西洋館竣工100周年記念冊子のことを上手く纏めてあります。朝から問い合わせが殺到して、嬉しい悲鳴です 。 竹内明太郎の宿毛市や小松市の遊泉寺銅山銅山跡、茨城無煙炭鉱を訪ねたことも書いて会います。 朝日新聞 ウェブ版https://www.asahi.com/articles/photo/AS20200408004258.html
竹内農場西洋館竣工100周年記念冊子刊行
NPO建物保存会が制作の、竹内農場西洋館竣工100周年記念冊子「竹内明太郎が残したもの~龍ケ崎の赤レンガ西洋館」全6000冊、只今、市民活動センターに到着しました。今後の保管はNPO会員宅に分散しますが、活動センターでは市民の皆さまにいつでもお渡しで来るよう在庫してあります。なお、コミュニティセンター及び歴史民俗資料館等公共施設におきましては、4月7日迄にお渡し出来るよう手配いたします。宜しくお願いいたします。
龍ケ崎市主催、定例記者会見
龍ケ崎市主催、定例記者会見に参加しました。 旧竹内農場西洋館市民遺産認定の関連事項として、NPO建物保存会制作の冊子「竹内明太郎が残したもの~龍ケ崎の赤レンガ西洋館」の無料配布をマスコミ各社に告知しました
りゅうがさき市民活動フェアーinサプラ2020
2月22日(土)・23日(日)ショッピングセンターサプラにて行われた市民団体の祭典、りゅうがさき市民活動フェア開催に当たり、当NPO法人は ハウジングアンドコミュニティ財団 の助成事例ということで特別枠でパネル出展を行いました。 竹内農場西洋館及び筑波庵の保存の重要性をアピールすると共に、現在制作中の冊子「竹内明太郎が残したもの~龍ケ崎の赤レンガ西洋館」を3月中に完成、市内公共施設等で無料配布することを告知しました。 応援に駆けつけてくださった中山市長と当NPO法人メンバーと一緒に記念写真を撮りました。
竹内明太郎が運営した茨城無煙炭鉱跡調査
竹内明太郎が運営した茨城無煙炭鉱の詳しい情報はこちら 当会発刊の冊子より茨城無煙炭鉱 2021年1月27日、「ふたたび茨城無煙炭鉱を探る」はこちらをクリック 2月20日(月)NPO建物保存会のメンバー4人で茨城無煙炭鉱の調査に出かけました。茨城無煙炭鉱は明治中期から大正にかけて竹内綱・明太郎父子が運営した炭鉱です。龍ケ崎の竹内農場はこの炭鉱に食糧を供給していたのです。 閉山から半世紀が経過し、茨城無煙炭鉱第三鉱跡(中郷鉱-北茨城市中郷町日棚)に立ち寄ると、炭鉱そのものの遺構は見られませんが、小高い山の麓に選炭所等の炭鉱関連施設が廃墟と化しておりました。これらは偶然出会いました地元の猟友会の方にお聞きしたところ、戦前からの施設で、小高い山はボタ山であることが分かりました。 中郷鉱はバス停の三鉱という名称から察すると、茨城無煙炭鉱時代につけられた三鉱という炭区名が親しまれ長年定着しているようです。往時の炭鉱と住民の密接な関係が伺われます。 中郷鉱跡の近くに旧十石隧道という史跡があります。これは大正6(1917)年に茨城無煙炭鉱第二鉱と同第三鉱を結ぶために敷設された曳索軌道のトンネルです。第二鉱から曳索軌道で第三鉱に運ばれた石炭は、ここから同じく大正6年に敷設の第三鉱専用曳索軌道により、第三鉱で採炭された石炭とともに南中郷停車場まで運ばれたそうです。 次に、明治44(1911)年に敷設の第二鉱と南中郷村大塚(現北茨城市磯原町大塚)を結ぶ曳索軌道の探索をしました。この路線は、第二鉱で採炭された石炭を南中郷村大塚まで運び、ここで山口炭鉱専用線に積み替え磯原停車場へと運ぶための第二鉱専用線でした。ところが大正6年に第二鉱と第三鉱を結ぶ曳索軌道が開通したため廃線になったそうです。 現在も、磯原町大塚及び隣接の木皿地区には山口炭鉱専用線の枕木と鉄橋跡及び重内(しげうち)炭鉱専用線のレールが確認出来ます。しかし、廃線時期が早かった茨城無煙炭鉱軌道はレールの痕跡すらありません。太平洋戦争時の金属類回収令によって国に供出されたと考えます。 最後は、茨城無煙炭鉱の原点となった竹内綱が開削の第一鉱が所在した華川町小豆畑地区を訪ねました。かつては賑わっていた華川の街並みは、今は炭鉱町の面影すらありません。地元の人に尋ねても、ここに炭鉱があったことさえ知らない人が多いようです。大正14(1925)年、大倉鉱業に売却後まもなく閉山したため忘れられた炭鉱といってよいでしょう。唯一、炭鉱らしさを感じた場所は、華川小学校近くの石炭層の断層でした。
ハウジングアンドコミュニティ財団主催「成果発表会&まちづくりNPO交流の集い」
8月31日、ハウジングアンドコミュニティ財団主催「成果発表会&まちづくりNPO交流の集い」について会場はお茶ノ水ソラシティ カンファレンスセンターRoom C。NPO龍ケ崎建物保存会から5名が参加。基調講和は"たいとう歴史都市研究会"代表理事 椎原晶子さんの「歴史文化をいかしたまちづくりとコミュニティ」と題した講和で、30年間にも及ぶ谷中のまちづくりと現状、特に古民家の再生について良い話をしていただきました。活動成果発表は、昨年度の助成を受けた11団体のプレゼンで、助成金に対する成果発表と今後の課題について、1団体8分程度の制限の中で皆さん熱く話して頂きました。来年度は私たちの成果発表となりますので、参考になる事がたくさんあり刺激を受けました。そして交流懇親会は立食パーティ。基調講和された椎原さんや、今回発表された様々な団体さんとお話が出来たので、今後に繋がることを期待しております。
