「旧竹内農場西洋館」カテゴリーアーカイブ

第2回竹内農場西洋館フォーラム

12月7日(土)長山コミュニティセンターにて「第2回竹内農場西洋館フォーラム」を龍ケ崎市教育委員会、市民活動センター協力の下、当会主催で開催しました。

内容は 「竹内明太郎の足跡を訪ねて」主催NPO 理事長 前田享史
  「竹内農場西洋館の建築様式について」流通経済大学教授  中原 篤徳 氏( 博士/芸術学 )
 「竹内農場西洋館の煉瓦について」深谷市教育委員会 幾島 審 氏
参加者50名。遠くは蔵のまち川越や、水戸からの参加があり活発な意見交換が行われました。
東京から駆けつけて下さいました来賓のハウジングアンドコミュニティ財団専務理事の松本さんを、雨の中、西洋館にご案内しました。「素晴らしいものを見せていただきました」と、喜んでいただきました。
中山市長も多忙な中駆けつけくださいました。
参加された皆さま、有難うございました。
開催にご協力いただいた関係者の皆様、お疲れ様でした。


コマツ粟津工場4名様、竹内農場西洋館視察

大正6年に竹内明太郎が小松市遊泉寺銅山に創業した小松鉄工所(現コマツ) 。

10月3日(木) なんと、そのコマツから、執行役員粟津工場長ほか粟津工場4名の方が竹内明太郎の別荘であった竹内農場西洋館をご訪問されました。当会がご案内し、市・教育委員会文化生涯学習課の梁取課長が西洋館調査資料を渡し、概要を説明されました。約40分と短い時間でしたが、コマツの皆様には興味深く見学していただきました。

もちろん、12月7日(土)開催の「第2回 竹内農場西洋館フォーラム」にお誘いしました。

竹内明太郎のお導きで、世界のコマツとわが龍ケ崎が、このように縁が出来たことは大変喜ばしいです。

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ハウジングアンドコミュニティ財団主催「成果発表会&まちづくりNPO交流の集い」

8月31日、ハウジングアンドコミュニティ財団主催「成果発表会&まちづくりNPO交流の集い」について
会場はお茶ノ水ソラシティ カンファレンスセンターRoom C。
NPO龍ケ崎建物保存会から5名が参加。
基調講和は”たいとう歴史都市研究会”代表理事 椎原晶子さんの「歴史文化をいかしたまちづくりとコミュニティ」と題した講和で、30年間にも及ぶ谷中のまちづくりと現状、特に古民家の再生について良い話をしていただきました。
活動成果発表は、昨年度の助成を受けた11団体のプレゼンで、助成金に対する成果発表と今後の課題について、1団体8分程度の制限の中で皆さん熱く話して頂きました。来年度は私たちの成果発表となりますので、参考になる事がたくさんあり刺激を受けました。
そして交流懇親会は立食パーティ。基調講和された椎原さんや、今回発表された様々な団体さんとお話が出来たので、今後に繋がることを期待しております。

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宿毛市立宿毛歴史館

6月13日~15日、宿毛歴史館にて、竹内明太郎の日記を拝見しました。

日記は明治人特有の崩し字で書かれていて、解読するのが大変です。ざっと見て分かったことは、農場の関係者は竹内農場のことを牛久農場と呼んでいたことから、てっきり最寄り駅を牛久と思いこんでいたのですが、佐貫で有ることがわかりました。
牛久駅からかつての 臨幸道を通り馬車で農場までと・・・、それはかってな想像でした。
では、なぜ牛久農場と呼んでいたのか疑問ですが、恐らく牛久シャトー繋がりで、牛久農場と呼んでいたと考えます。
佐貫駅から農場まで約3.5キロ、明治の人間なら普通に歩けますね。


竹内明太郎の貴重な遺品