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コマツ粟津工場4名様、竹内農場西洋館視察

大正6年に竹内明太郎が小松市遊泉寺銅山に創業した小松鉄工所(現コマツ) 。

10月3日(木) なんと、そのコマツから、執行役員粟津工場長ほか粟津工場4名の方が竹内明太郎の別荘であった竹内農場西洋館をご訪問されました。当会がご案内し、市・教育委員会文化生涯学習課の梁取課長が西洋館調査資料を渡し、概要を説明されました。約40分と短い時間でしたが、コマツの皆様には興味深く見学していただきました。

もちろん、12月7日(土)開催の「第2回 竹内農場西洋館フォーラム」にお誘いしました。

竹内明太郎のお導きで、世界のコマツとわが龍ケ崎が、このように縁が出来たことは大変喜ばしいです。

ハウジングアンドコミュニティ財団主催「成果発表会&まちづくりNPO交流の集い」

8月31日、ハウジングアンドコミュニティ財団主催「成果発表会&まちづくりNPO交流の集い」について
会場はお茶ノ水ソラシティ カンファレンスセンターRoom C。
NPO龍ケ崎建物保存会から5名が参加。
基調講和は”たいとう歴史都市研究会”代表理事 椎原晶子さんの「歴史文化をいかしたまちづくりとコミュニティ」と題した講和で、30年間にも及ぶ谷中のまちづくりと現状、特に古民家の再生について良い話をしていただきました。
活動成果発表は、昨年度の助成を受けた11団体のプレゼンで、助成金に対する成果発表と今後の課題について、1団体8分程度の制限の中で皆さん熱く話して頂きました。来年度は私たちの成果発表となりますので、参考になる事がたくさんあり刺激を受けました。
そして交流懇親会は立食パーティ。基調講和された椎原さんや、今回発表された様々な団体さんとお話が出来たので、今後に繋がることを期待しております。

宿毛市立宿毛歴史館

6月13日~15日、宿毛歴史館にて、竹内明太郎の日記を拝見しました。

日記は明治人特有の崩し字で書かれていて、解読するのが大変です。ざっと見て分かったことは、農場の関係者は竹内農場のことを牛久農場と呼んでいたことから、てっきり最寄り駅を牛久と思いこんでいたのですが、佐貫で有ることがわかりました。
牛久駅からかつての 臨幸道を通り馬車で農場までと・・・、それはかってな想像でした。
では、なぜ牛久農場と呼んでいたのか疑問ですが、恐らく牛久シャトー繋がりで、牛久農場と呼んでいたと考えます。
佐貫駅から農場まで約3.5キロ、明治の人間なら普通に歩けますね。


竹内明太郎の貴重な遺品

遊泉寺銅山跡視察

コマツ発祥の地、竹内明太郎が社長を務める竹内鉱業が運営していた遊泉寺銅山銅山跡を視察しました。

入口にはコマツ創業の地記念公園があり、竹内明太郎像や遊泉寺銅山の歴史を記した石碑などが立っていました。

現在、小松市とコマツなど官民一体となって整備しているそうです。あと2年後には完成し、綺麗になるとのこと。

竹内明太郎像

案内板には道順が記載してあり、約一時間で一周出来るということで、銅山跡内に足を踏み入れてみました。

少し足を踏み入れた場所には石垣が連なり、住宅跡があったことが分かります。そしてところどころ煉瓦の残骸があり、また、巨大煙突と窯が残っていて銅山の面影を忍ぶことが出来ました。一周1時間ということでしたが、これがとんでもない悪路で、倒れた大木が道を塞いでいたり、途中からはまるで登山といったところを約1時間30分かけて一周することが出来ました。